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 “復帰の旅”の終わり

 マルチナ・ヒンギスが、現在カリフォルニアで開催中のパシフィック・ライフ・オープンにて、リンゼイ・ダベンポートをやぶった。3年に及ぶ休息期間を経て今シーズンよりツアーに帰ってきたヒンギスにとって、ダベンポートとの対戦は復帰以来初。そして現在世界ランキング4位のダベンポートは、ヒンギスが今年やぶった選手の中で最高位だ。

 二人は過去に、なんと24回も拳ならぬラケットを交えてきた(その間の成績はダベンポートの14勝10敗)。そしてその大半は、4大大会の準決勝や決勝戦といった大舞台。今回のようにベスト16という早いステージでの対峙はまれなことで、ヒンギス自身も「早くランキングポイントを溜めて、こんなに早い段階で彼女と戦わなくてすむようにしたいわ」と、試合後にジョーク交じりに話していた。
  だがそもそも、ヒンギスが復帰から約3ヶ月経ったこの時点でランキング32位という現在の位置まで駆け上がってこれることを予想していた人など、果たして世界中にどれくらいいただろう? スイスの同胞でよき友人でもある男子bPのロジャー・フェデラーも、「彼女が復帰すると聞いたとき素晴らしいと思ったが、それでも今年度中に30位以内に入れば十分だと思っていた」と回想したほどだ。
  昨年の11月、かつての女王が今年度のツアー参戦を表明した際、多くの専門家たちは懐疑的な見方をしていた。ヒンギスの地元スイスでは、多くの新聞が一面を急遽さしかえるほどに彼女の復帰は大事件として受け止められたが、それでも「宣伝効果を狙ったパロディ」(ノイエ・チューリッヒャー)とのシニカルな意見が大半を占めていたらしい。
  そのような世論の中でヒンギスの活躍を予言していたのが、他ならぬ今回の対戦相手、ダベンポートだった。彼女は「ヒンギスのボールの行方を察知する能力、そして豊富な球種を織り交ぜた巧みな戦術は、現在のテニス界でも十二分に通用するはず」と、かつての最大のライバルに対する賛辞とも、彼女の復帰を軽視している記者や選手たちへの警鐘とも取れる発言をしていたのだ。

 皮肉にもダベンポートは、彼女自身の敗戦を以って、自らの予測が正鵠を得ていたことを証明してみせた。
  試合開始直後は、お互いに相手の様子をさぐるかのように慎重な展開だったが、第5ゲーム、ヒンギスのダブルフォルトなどに乗じて「ここが勝負どころ」と見たダベンポートがブレークにかかると、試合は一気に熱を帯びだした。だが、3度のブレークポイントを凌いでこのゲームをキープしたヒンギスは、そのまま勢いに乗り次のゲームをブレーク。続く第7ゲームでは、ダベンポートが再びブレークバックのチャンスをつかんだが、ここでヒンギスは立て続けにエースを決めてキープに成功。中でも最後のショットは、球速ではなく完全に相手の逆をつくことで決めた緩めのダウン・ザ・ラインで、これこそまさにダベンポートが最も恐れていたヒンギスの才覚だ。
  この一連の3ゲームが第一セットの分岐点となり、これを制したヒンギスが第一セットを先取した。

 続く第2セットはヒンギスにミスが目立ち、ダベンポートが3ゲームをブレークしてあっさりと6−1で奪取。このセット、ヒンギスはサーブ、分けてもセカンドサーブに苦しめられ、なんとここまでで犯したダブルフォルトは6つ。自らのサービスゲームをコントロールすることが出来なかった。

 決戦の第3セットは、やや荒れた展開となる。それは両者のせいでなく、いくつかの際どいジャッジと、それに対する観客の反応のためだった。 復帰以来ヒンギスはどこに行っても満場の拍手と愛情で迎えられたが、ここカリフォルニアはダベンポートの地元。さすがに声援はダベンポートを支持した。ヒンギスがブレークした第4ゲームでそれは始まり、彼女のサービスゲームとなる第5ゲームまで続いた。確かに際どいボールはことごとくヒンギスの有利に働き、その度に観客は最大限のブーイングで以って抗議の意を表する。自分に優しい空気に慣れていたヒンギスにとって、会場を覆う敵意は精神的にこたえるはず。さらに彼女はかつて、あまりの負けん気の強さが故にブーイングに対しさらに客を挑発するかのようなプレーに出て、自滅したことも度々ある。「これは試合の行方を決めるかもな」と、確信に近い予感を抱きながら成り行きを見守っていた。
  ところがここでヒンギスは、驚くほどにオトナなプレーで自分を律してみせる。特に第5ゲームの40-40で迎えたポイント、ダベンポートは左右に強打を打ち分け、ヒンギスを完全にコートから追い出すことに成功する。後は決めるだけ……と思われたオープンコートへのショット。だがヒンギスは“神の手”と評されたラケットコントロールで、驚くほどに正確な深いロブを相手コートへと返す。ダベンポートは長身と地肩の強さを利してこのロブをスマッシュで叩き込むが、ヒンギスはそれも大きなロブで返し、その間に素早く自らの体制を建て直してイーブンの展開に持ち込んだ。最後はダベンポートが根負けしたかのようにミスを犯し、結局このゲームはヒンギスがキープに成功する。観客たちも、素直に賞賛の拍手を送る以外になかった。

  このゲームで、勝負の行方はほぼ決した。続く第6ゲームもヒンギスはブレークに成功し、6−2で第三セットを取り試合を制する。わたしの隣で観ていた記者は、「彼女はまた、ナンバー1になるかもな」と、誰に言うでもなく呟いた。
  ヒンギスとダベンポートの対戦は、2001年のポルシェテニスグランプリ(ドイツ)の準決勝以来。しかもこのときは、ヒンギスの途中棄権で終わっている。両者の間で止まっていた5年の時が、動き出した。
  試合後ヒンギスは、「一連の“カムバック”は、もう終わりでいいんじゃないかしら」と語ったが、それは、もはや彼女の歩んでいる道が「復帰へのロード」ではなく、ツアーを転戦する一選手としてのそれに戻ったことを確信しての発言だろう。

 ヒンギスはこの試合の翌日、急成長株のサフィーナも破って準決勝進出を決めた。次の対戦相手は、マリア・シャワポワ。ヒンギスが復帰を決めた際、「最も対戦してみたい選手」と語った相手だ。
  彼女がこのコメントを残した際、アメリカのスポーツ誌『Sports Illustrated』は、「さすがはかつての女王。3年の空白の時を経ても、そのプライドの高さは変わっていない」と、現時点で名実ともに女子テニス界を牽引するシャラポワの名を上げたことを揶揄するかのような記事を掲載した。つまりは「おいおい、シャワポワとなんて勝負にならないだろう」という意思表示。
  今大会の対戦でヒンギスとシャワポワは、東京、デュバイに続き3大会連続で相まみえることになる。これまでの対戦成績は、両者ともに1勝1敗だ。(2006年3月15日) ⇒Sportsに戻る